弁護士法人英明法律事務所の事務所報『Eimei Law News 』より、当事務所の所属弁護士によるコラムです。

因果関係論

  2  不作為型の因果関係

    中小企業法務研究会  医療訴訟部会   弁護士  山岸 佳奈(2015.08)

  1    不作為型の因果関係

医療機関のせいで患者の生命・身体に悪い結果が生じたという場合には2通りあります。医療機関が積極的に行った診療行為によって悪い結果が生じた場合と医療機関が行わなければならない診療行為を行わなかったがために悪い結果が生じた場合です。後者を不作為型と呼ぶことにします。
   因果関係の立証の基本的な考え方は作為型でも不作為型でも変わりません。不作為型の事案でもルンバール事件の基準が引用されています(最判平成11年2月25日民集53巻2号235頁)。

  2    不作為型の問題点

もっとも、具体的な因果関係の立証となると、不作為型の場合には特に問題が生じます。「ある特定の治療をしなかったがために悪い結果が生じた」というためには、逆に「ある特定の治療を行えば悪い結果が生じなかった」と言わなければなりません。しかし、悪い結果が生じなかったと確信を持って言える場合は多くありません。例えば、もともと癌を患っている人が亡くなったという場合、もしある特定の治療をしていればもっと生きられたと言えるのか、というとよく分からなくなってしまいます。

  3    不作為型の立証の程度

  (1) 考え方

不作為型で死亡したという場合、患者側はどこまで立証しなければならないでしょうか。もしある特定の治療をしていれば生きられたはずの期間を立証しなければならない(@)でしょうか。それとも、どれくらい生きられたかは分からないけれども少なくとも現に発生した死亡の時点においては生存していたはずだということで足りる(A)のでしょうか。

  (2) 最高裁平成11年判決

前出の判例は、医師が肝細胞癌を見落としたという事案ですが、「医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定される」とし、「いかほどの期間生存しえたかは、主に得べかりし利益その他の損害の額の算定にあたって考慮されるべき事由である」と述べています。
   この判決については、解釈が以下のア・イの通り分かれています(参照:潮見佳男(2009)『不法行為法T〔第2版〕』信山社出版株式会社)。

  •  「生命侵害」の意味を「生存期間の喪失」と捉えた上で、「生命侵害」とは別の法益侵害として新たに「死亡の時点において生存していた可能性の侵害」というものを作り出したとする見解です。
  •  「生命侵害」の意味を「死亡時点において生存していた可能性」の意味で捉えなおしたうえで、「高度の蓋然性」の立証が事実上不可能である点を考慮し、医師の過失と「生命侵害」との間の因果関係の立証面での軽減を導いたとする見解です。

上記アの見解によれば、医師の過失と「生命侵害」の因果関係を立証するには、生きられたはずの期間を立証しなければならない(上記@の考え方)ことになると思われます。 一方、上記イの見解によれば、医師の過失と「生命侵害」の因果関係を立証するには、現に発生した死亡の時点においては生存していたはずだということで足りる(上記Aの感が方)ことになると思われます。

  4    相当程度の可能性

その後、最高裁(12年9月22日民集54巻7号2574頁)は、診療当時既に相当増悪した心筋梗塞にみまわれていた患者のケースで、「疾病のため死亡した患者の診療に当たった医師の医療行為が、その過失により、当時の医療水準にかなったものでなかった場合において、右医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は、患者に対し、不法行為による損害を賠償する責任を負う」と判示しました。
   これは、「生命侵害」とは別に「死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の侵害」というものを責任の根拠とすることを認めたものです。医師の過失と「生命侵害」との間の因果関係が認められない場合であっても、「死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性」が立証できれば、その侵害を理由に損害賠償請求が認められることになります。