弁護士法人英明法律事務所の事務所報『Eimei Law News 』より、当事務所の所属弁護士によるコラムです。

現実の収入を反映しない確定申告書による基礎収入の認定

    中小企業法務研究会  交通事故部会  弁護士  笹山  将弘 (2015.04)

Q. 個人事業主による確定申告書記載の申告所得が現実の収入を反映していない場合に、休業損害及び後遺障害逸失利益の基礎収入の認定はどのようにすべきか(大阪地方裁判所平成18年2月10日・交民39巻1号156頁)。

1    基礎収入の認定方法と問題の所在

休業損害及び後遺障害逸失利益の請求があった場合、基礎収入を認定するための資料開示を求める。給与所得者であれば源泉徴収票、給与明細書である。個人事業主であれば、確定申告書の開示を求める。無申告の場合には、所得証明書や課税証明書の開示を求め、基礎収入の認定を行う。
   往々にして確定申告書記載の申告所得は、現実の収入を反映していないことが多い。そのため、申告所得を基準に賠償金額を提示した場合、請求者から「低額に過ぎる」との反論を受けることが多い。

2    申告所得が現実の収入を反映していない場合の対応

原則は申告所得を基準に基礎収入を認定すればよい。立証責任によれば、「低額に過ぎる」との反論があっても、他に基礎収入を認定し得る資料がなければ、そのような主張は失当となるからである。なお、申告所得により基礎収入を認定する場合、休業中に節約できたはずの経費をどの範囲で申告所得に付加して考えるかも問題となるが、本稿では問題点の指摘に留める。
   あくまで申告所得を基準に基礎収入を認定する対応に終始した場合、請求者から「どのような資料があればよいか」等と尋ねられることがある。実務上は帳簿や出納帳等、日々の出入金を記録している資料の開示を求めることが多い。事業で使用している預金通帳の写しを求めることもある。
   それでも追加資料の開示がなく、示談交渉が全く進展しない場合には、債務不存在確認訴訟の提起を行う他ない。 もっとも、早期の示談解決を図るため、申告所得が自賠責保険の基礎収入額をも下回っている場合には、基礎収入を自賠責保険基準にして賠償提案することは実務上見られるところである。任意保険会社としては、自賠責保険の事前認定さえもらっておけば、自賠責保険基準の休業損害を支払うことに不利益はないからである。但し、このような対応には法的根拠がないことに留意すべきであろう。

3    大阪地方裁判所平成18年2月10日・交民39巻1号156頁

本稿で取り上げる裁判例は、事故前年の申告所得が170万円であるが、妻、孫2名と共同生活を営んでいること、月22万円の債務の返済を行っていたことを理由に、申告所得ではなく、平均賃金を基礎収入とした例である。
   他の裁判例では、過去に平均賃金以上の収入を取得していたこと、事故直前に事業の成長が著しかったこと、独立から間もない時期の申告所得であったこと、申告所得が収入金額に比して著しく低いこと等により、申告所得ではなく平均賃金を基礎収入とした例が見られる。

本件の裁判例は、上記の記載以上に平均賃金によるべき理由を付していない。しかし、月22万円を返済していたことは取引履歴や返済利益で客観的に証明可能であり、かつ、少なくとも毎月22万円の現金が手元にあったことをも意味する。返済実績により現金の存在が客観的に証明できたことが、判断のポイントになったものと思われる。
   本件の裁判例を参考にすると、申告所得が現実の収入を反映していない場合、家計収支表の作成を求めたり、月々の固定費の領収書類の開示を求めたりすることも有効となる。ただ、このような生活実績による基礎収入の認定には相当困難を伴う。家計収支表に全ての裏付けを求めることは実際上不可能であるし、仮に申告所得を前提とすると生活が成り立たない場合でも近親者による援助や借金等により生活している場合もあるからである。本件の裁判例は、このような他の援助の可能性には明示的に言及していない。そのため、月々の支出を拠り所にして基礎収入を認定することがあると示したという限りで読まれるべき裁判例であろう。

なお、本件の裁判例では、「現実の収入を適正に申告していないのに、基礎収入の認定に際しては現実の収入によるべきなどと主張することは許されない」という趣旨の、いわゆるクリーンハンズの原則違反の反論もされていた。しかし、判決では全く触れられておらず、採用されなかったことも付言しておく。