因果関係論
1 因果関係の立証
中小企業法務研究会 医療訴訟部会 弁護士 山岸 佳奈(2015.04)
1 因果関係の立証
因果関係の立証は、「一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験側に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる」(ルンバール事件:最判昭和50年10月24日民集29巻9号1417頁)とされています。
つまり、立証の対象は、特定の事実が特定の結果を発生させたという高度の蓋然性であり、立証の程度は、通常の人であれば特定の事実が特定の結果を発生させたのだという確信を持ち、他の可能性の存在について疑いを持たないだろうといえる程度であると言えます。
2 立証における2つのポイント
立証におけるポイントの1つは、機序を意識するということです。機序とは、しくみ、メカニズム等と定義されます。医療訴訟においては、診療行為から生命身体の侵害結果に至るまでの身体の状態の変化の過程と考えればよいでしょう。患者側は、機序を明確にすることで立証材料を的確に抽出できます。医療機関側は、機序を明確にしてもらうことで実効的な点に絞って充実した反論を行うことができます。
もう1つのポイントは医学的知見です。医学的知見は上記判例で言えば「経験則」に当たります。因果関係の有無を判断するには、患者側が主張している機序が通常考え得るものなのか、結果発生に至る別の機序が考えられないかということが重要になります。これを判断する物差しとして医学的知見が必要となります。患者側も医療機関側も自らの主張に沿う医学的知見を収集することができれば、非常に有利になります。なお、因果関係は過失とは異なり、時代によってその存否が変わるものではありません。そのため、因果関係の判断には、診療行為当時だけでなく、現在ある全ての医学的知見を用いることができます。
3 具体的検討 --- 上記ルンバール事件
【患者側が主張する機序】
ルンバール施術 → 脳出血 → けいれんを伴う意識混濁等 → 後遺障害
※ルンバール…腰椎穿刺による髄液採取とペニシリンの髄腔内注入のこと
【医療機関側の反論】
- 脳出血が発生したかどうか不明である。
- 脳出血ではなく化膿性髄膜炎によってけいれんを伴う意識混濁等の症状が生じた可能性がある。
【裁判所の判断】
以下の通り事実と医学的知見を総合した結果、因果関係を肯定
(1)「脳出血 → けいれんを伴う意識混濁等」について
- @ 事実:けいれんを伴う意識混濁で始まり、のちに失語症、右半身不全麻痺を来たした。
知見:その場合には脳出血が一番可能性がある(鑑定結果)。 - A 事実:患者の脳波所見の状態。
知見:そのような脳波所見は左側前頭及び側頭を中心とする何らかの病変を想定せしめる(鑑定結果)。
⇒ けいれん等を伴う意識混濁の原因は脳出血であった。
(2)「ルンバール施術 → 脳出血」について
- @ 事実:患者の血管はもともと脆弱で出血性傾向があった。嫌がる患者に看護婦が馬乗りになって身体を固定した。穿刺を何度もやり直した。
→ ルンバール施術による脳出血の可能性がある。 - A 事実:ルンバール施術前は化膿性髄膜炎が軽快しつつあった
施術により採取された髄液ににごりがなかった
知見:化膿性髄膜炎の再燃する蓋然性は通常低い
→ 化膿性髄膜炎によってけいれん等を伴う意識混濁が生じたという可能性はない
⇒ ルンバール施術により脳出血が生じた。