医療訴訟の過失論 4
〜 説明義務と医療行為の危険性
中小企業法務研究会 医療訴訟部会 弁護士 山岸 佳奈 (2014.08)
事 例: Xは腹部大動脈瘤と診断され、手術(Xの心臓を一旦停止させ人工心肺を使用して低体温下で大動脈の置換を行うもの)を受けたところ、手術中に死亡しました。Xの腹部大動脈瘤は破裂の危険が大きく破裂した場合の死亡率も高いものでしたが、前記手術による死亡率も10パーセントを超える危険なものでした。Xとその妻は手術前にY医師から説明を受けましたが、妻はXの足に障害が残る可能性があることは聞いた覚えがあるものの死亡の可能性については聞いた覚えがありませんでした。
しかし、Y医師は、診療録には説明の記録がないものの、普段から同種のケースでは手術の危険性や死亡率について説明しているからXにも説明しているはずであると述べています。Xの遺族はY医師に責任を追及することができるでしょうか。
解説(東京高判平成13年7月18日判時1762号114頁)
1 説明義務の有無
裁判所は、医師には「患者による自己決定権の行使がその責任において適切に行われるように・・・治療に伴う危険性等について適切に情報を開示して説明を行うべき義務がある」とした上、本件では手術の危険性が相当高いものであったため、手術の危険性ないしそれによる死亡率は手術を受けるか否かの「選択をなすに当たり最も重視すべき情報の1つである」からY医師にはその説明を十分に行う義務があるとされました。
Y医師は、手術をしなければ腹部大動脈瘤が破裂して死亡する可能性が高かったことから「手術を受けることを拒否する合理的理由が存しなかった」と主張しましたが、裁判所は「このままの状態で様子を見る」との選択も、「医師ではなく、患者の自己決定権の行使として、X自身が行うべき性質のものであり・・・合理性がないとはいえない」として、医学的合理性の不存在は説明義務の有無に影響しないと判断しました。
2 説明義務違反の有無
裁判所は「本件手術を受けるにあたって、その危険性が一番の関心事のはずであるから、本件手術による死亡の可能性についてY医師から説明を受けたならば、それを記憶していないということは通常ありえない」として、Y医師が死亡の危険性について説明していなかったと認定しました。医師が説明について記録に残していなかったこと及び手術を拒否する合理的理由がないとの考えを持っていたことがこのような判断の前提にあるものと思われます。
3 損害と因果関係
裁判所は、「腹部大動脈瘤が高い危険性を有する疾患であること」から、仮に「十分な説明がなされたとしても、Xとしては、結局、本件手術を選択した可能性も十分に考えられるところである」として、死亡との因果関係を否定しました。そして「自らの持病の治療方法として本件手術を受けることの当否、ひいては自らの余生の生き方を自らの責任で選択する機会を持つことができなかった」精神的苦痛に対する慰謝料として100万円が相当であるとしました。
説明義務違反と死亡結果との因果関係においては、@十分な説明を受けていれば手術を選択しなかったこと及びA手術を選択しなければ患者がもっと生きられたことの認定が必要ですが、認定は厳しいものとなっています。よって、説明義務違反を問われた場合、医師側は上記@Aの点を争うことになります。