医療訴訟の過失論 2
〜 転送義務
中小企業法務研究会 医療訴訟部会 弁護士 山岸 佳奈 (2014.05)
【事 例】
9月27日 発熱
9月29日・30日 Y医師の診察:上気道炎・リンパ腺炎・扁桃腺炎として薬剤の投与
↓ 腹痛・嘔吐・吐き気
10月2日・10月3日 AM 4:30 休日診療・夜間診療
10月3日 AM 8:30 Y医師の診察:急性胃腸炎・脱水症状とし4時間の輸液の後帰宅
↓ 嘔吐おさまらず・軽度の意識障害等を疑わせる言動
10月3日 PM 4:00 Y医師の診察:診察をせず再び4時間の輸液の後、帰宅
10月3日 夜 Y医師は精密検査及び入院が可能な病院への紹介状を作成
10月4日 朝 意識なく紹介先の病院で急性脳症と診断され、脳原性運動機能障害が残った
解説
1 はじめに
医療水準は、医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等諸般の事情を考慮した上で判断されるものであって、全ての医師に同じ水準が課せられるものではありません。そのため、専門性の低い医師や異なる専門科の医師は、専門医よりも求められる診療行為の水準は低くなります。その代わり、専門性の低い医師や異なる専門科の医師には、診療を自身で行うことができない場合、専門医・専門病院に転送させる義務が課せられます。
2 最判平成15年11月11日 民集57巻10号1446頁
判決は、上記事例において、「輸液を実施したにもかかわらず、・・・おう吐の症状が全くおさまらないこと等から、それまでの自らの診断及びこれに基づく上記治療が適切なものではなかったことを認識することが可能であった」こと及び2度目の点滴中に「軽度の意識障害等を疑わせる言動があり、これに不安を覚えた母親が・・・診察を求めるなどしたことから・・・病名は特定できないまでも、本件医院では検査及び治療の面で適切に対処することができない、急性脳症等を含む何らかの重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことをも認識することができた」ことを理由に、10月3日PM 4:00の時点で、「ただちに・・・診断をした上で、・・・一連の症状からうかがわれる急性脳症等を含む重大で緊急性のある病気に対しても適切に対処し得る、高度な医療機器による精密検査及び入院加療等が可能な医療機関へ上告人を転送し、適切な治療を受けさせるべき義務があった」として、Y医師には「これを怠った過失がある」としました。
原審が、Xの意識障害の程度が急性脳症や脳神経系疾患を考えうる程度に至っていたとはいえないとした上、Y医師が10月3日夜に紹介状を作成し翌朝自らX宅に電話していたことを考慮し過失の存在を否定したのに比べ、医師に厳しい判断となりました。