医療訴訟の過失論 1
〜 医療水準の判断方法
中小企業法務研究会 医療訴訟部会 弁護士 山岸 佳奈 (2014.05)
事 例: 患者が、高カロリー輸液の投与の際にビタミンB1を投与されなかったため、ビタミンB1
の欠乏によりウェルニッケ脳症(眼球運動障害、運動失調、意識障害を3主徴とする中枢神経障害)にかかりました。
ビタミンB1を投与しなかった医師に過失があるかを判断するにはどのような資料が必要でしょうか。
解説
1 東京地判平成14年1月16日判タ 1114・250
判決は、「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、その医薬品の副作用等の危険性について最も高度な情報を持っている製造業者又は輸入販売業者が、・・・必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が・・・注意事項に・・・従わなかったことについて特に合理的な理由がない限り、・・・過失が推定される」として、高カロリー輸液の添付文書にビタミン剤の添加が要求されていたことを過失の認定の根拠としました。
また、厚生省の医薬品副作用情報(二箇月に一度、厚生省に報告された副作用の中から重要な例を報告するもの)の「高カロリー輸液療法を行う際には患者の状態に応じてビタミン等の投与量を調整する必要があること、アシドーシスを起こした場合には、・・・ビタミンB1の投与を行うべきこと」との記載は、「高カロリー輸液を投与する際には患者の状態に応じて、ビタミンB1を補給する必要があることを指摘」しているとして、過失の根拠としました。
2 仙台地判平成11年9月27日判時 1724・114
この判決は、製薬企業が直接医療関係者に流す情報である緊急安全性情報の記載にも触れ、高カロリ―輸液施行の際には「ビタミンB1を投与されていない患者等」に注意すべきと記載されていることを指摘しています。
さらに、複数の医学雑誌において、高カロリー輸液療法とビタミン欠乏症、ビタミン欠乏症とウェルニッケ脳症の関係が「既に臨床医学的に確立された知識として」紹介されており、それらの雑誌には「医学生向けの教科書的なものや医師や看護婦向けのマニュアル的なもの及び医者に広く知られており購読者の多いものも少なからず含まれて」いたことが指摘されています。
なお、厚生省の通達で、給食料を算定している患者に対するビタミン剤の注射については保険点数を算定しないと定めていることについて、「健康保険医療の対象となる範囲を定めるにすぎず、治療方法に関する医師の専門的判断を拘束するものではない」から、ビタミンB1の投与が保険適用外であるからといって「直ちに医師の患者に対する法律上の注意義務を軽減し、または免除する根拠となるわけではない」としました。
3 資料収集の際の留意点
なお、過失の判断は、診療当時の医療水準によって判断されますので、判断材料となる文献等も診療当時までのものに限られることなります。