弁護士法人英明法律事務所の事務所報『Eimei Law News 』より、当事務所の所属弁護士によるコラムです。

医療訴訟の過失論  6

  〜 説明義務と他の治療方法

    中小企業法務研究会  医療訴訟部会  弁護士  山岸  佳奈 (2014.12)

事  例: Y医師は、Xの乳がんについて乳房切除術適応と判断し、Xへの説明では「乳房温存療法もあるが現在までに正確にはわかっておらず、放射線で黒くなったり、再手術を行わなければならないこともある」と説明しました。その後乳房温存療法について新聞記事を見たXは、Y医師に対し「可能であるならば乳房を残して欲しい」との手紙をY医師に渡しましたが、Y医師はそのまま乳房切除術を行いました。なお、この当時、乳房温存療法の実施には解決を要する問題点も多く、同療法が専門医の間でも医療水準として確立するには臨床的結果の蓄積を待たねばならない状況にありました。

解説
1  大阪高裁判決(平成9年9月19日・判例時報1635号69頁)
      --- 説明義務を否定

「手術の時点において、一般医師に広く知れ渡って有効性、安全性が確立しているもののみならず、専門医の間において一応の有効性、安全性が確認されつつあるもので、当該医師において知り得た術式も説明の義務の対象に包含されると解するのが相当である。」
  「本件手術当時、乳房温存療法は・・・その予後等について一応の積極的評価がされており、また、同療法の実施を開始した医療機関も多くあり、その一応の有効性、安全性が確認されつつあったといえるが、同療法は、その実施割合も低く、その安全性が確立されていたとはいえないことからすれば、Yにおいて、同療法実施における危険を冒してまで同療法を受けてみてはどうかとの質問を投げ掛けなければならない状況には至っていなかった」

2  最高裁判決(平成13年11月27日・民集55巻6号1154頁)
      --- 説明義務を肯定

「一般的にいうならば、実施予定の療法(術式)は医療水準として確立したものであるが、他の療法(術式)が医療水準として未確立のものである場合には、医師は後者について常に説明義務を負うと解することはできない。」
  「とはいえ」「少なくとも、当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、たとえ医師自身が当該療法について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があると言うべきである。」
  Yは、手紙を受け取った時点において、少なくとも、「Yにより胸筋温存乳房切除術を受けるか、あるいは乳房温存療法を実施している他の医療機関において同療法を受ける可能性を探るか、そのいずれの途を選ぶかについて熟慮し判断する機会を与えるべき義務があった」

3  考察

結果だけを見れば、最高裁判決は高裁判決よりも医師側に厳しい判断をしたように見えます。しかし、一般論としては、最高裁判決は医師側に易しい判断をしています。
  高裁判決は、医療水準に達していない療法でも一応の有効性と安全性が確認されつつあるものは説明義務の対象になると言っています。これに対し、最高裁は原則として医療水準に達していない療法は説明義務の対象にならないと言っています。
  このことから、医師は、医療水準として未確立の療法がある場合には、原則としては説明を要しないということを念頭に置きつつ、例外的に説明を要する事情がないかどうかに注意する必要があるということになります。