医療訴訟の過失論 5
〜 先駆的医療行為における過失
中小企業法務研究会 医療訴訟部会 弁護士 山岸 佳奈 (2014.12)
事 例: Xは、冠動脈に狭窄病変があることがわかり、手術Aを受けました。しかし、施術中に冠動脈破裂が起こり急性心筋梗塞により死亡してしまいました。
Xの病変への手術Aは危険性が高く手術Bという別の治療方法の方が危険性が低いという事情がありました。一方、手術Bよりも手術Aの方が身体への侵襲性が低いという利点はありました。Xに対して手術Aを行ったY病院の実績や担当医師の能力、医療設備、医療環境においては、安全性を確保しながら一定の効果をあげることが期待できました。
※手術A:PTCA(経皮的冠動脈形成術) ※手術B:CABG(冠動脈バイパス術)
東京地判平成16年2月23日(平成13年(ワ)第9642号事件)
1 過失(違法性)の判断方法
裁判所は、“一般的適当のある治療行為が行われた場合には,原則として,正当な医療行為と認められ違法性を有しない”“一般的適応のない治療行為が行われた場合には、原則として、治療行為は違法性を有する”と判示しました。
一般的適応とは何かということについて,裁判所は,その当時の医療水準を前提に,@治療行為の危険性,A症状の状態,B症状に対する治療行為の効果を総合考慮し、@治療の必要性が認められ,A治療方法が一定の治療効果を期待できるものであり、B治療行為に医療行為として期待される安全性が確保されているときは、一般的適応があると述べています。
裁判所は、“一般的適応がある場合でも、知識・経験、技術等の点から当該医療従事者あるいは当該医療機関が当該治療行為を行うことは許されない場合もありうる”“一般的適応に欠ける場合でも、患者の同意があれば、当該治療行為を行うことが許される場合もありうる”と判示しています。
考慮する要因としては、当該治療行為を行う医療従事者の能力、当該治療行為に必要な医療設備ないし医療環境等が挙がっています。
裁判所は、“患者の同意が、自己決定権の行使としての同意、あるいは、一般的適応に欠ける治療行為について正当性を与えるための同意として有効なものといえるかどうかは、患者が同意するか否かを合理的に判断できるだけの情報が医療従事者から患者に対して与えられたかどうか、すなわち、説明義務が尽くされたかどうかにかかることになる”と判示しています。
その理由として、一般的適応に欠ける治療行為は、患者の同意があってはじめて治療行為としての正当性が認められるという意味で、より重い意義を有するということを説明しています。
2 本件での判断
裁判所は、“Xの病変への手術Aは、危険性が高く、特段の事情がない限り一般的適応を欠く”として、“Y病院の実績や担当医師の能力、医療設備、医療環境を考慮すると、患者の同意を得た上ではじめて実施することが許される”と判示しています。
その上で、“Y病院は、手術Aの具体的な危険性や手術Aと比較した場合の手術Bの利点について何ら説明せず、むしろ手術Bの実施が困難である旨の誤った情報を提供した”“Y病院は、手術Aの侵襲性が手術Bよりも低いことを強調した”という事実を認定して、“Xは、手術AがXの病状に対して一般的適応を有するものであると誤解して、手術Aの実施に同意した”と認定しました。
そして、“Xの同意は、一般的適応に欠けるところのある手術Aが正当な医療行為として認められるための同意としても、自己決定権の行使としての同意としても、その有効性を書く”と結論づけました。
3 医療機関が気を付けるべき点
以上の判示から、医療機関が一般的適応に欠ける治療行為を行う場合には、説明を十分にしなければならないということがわかります。もっとも、裁判において、Y病院は手術Aの適応が認められると主張しており、そもそも一般的適応の有無について医療機関が治療行為時に判断することは難しいようです。
明らかに一般的適応があると言える場合は別として、危険の伴う治療行為を行う場合には、他の治療方法がないかも検討していると思われます。その際に、他の治療方法と比較を行い、それぞれについて利点と欠点を明らかにした上で、患者に説明を行うことが唯一の対策であると思われます。
4 因果関係について(補論)
裁判所は、Y病院の過失とXの死亡との因果関係を否定しました。その理由は、日本では、手術Bよりも侵襲性の低い手術Aが好まれる傾向があり、手術Bよりも危険性が高いと説明されていたとしてもXがなお手術Aを選択した可能性を否定することはできないというものでした。
その上で、裁判所は、Y病院の過失とXの自己決定権との因果関係を肯定しました。
この場合のXの損害額は、自己決定権侵害のケースでは比較的高額と言える1200万円と認定されました。その理由は、手術Bを選択していれば手術が成功した可能性が極めて高く、長期間にわたって通常の生活が送れた可能性が極めて高かったにも関わらず、Xはそのような手術Bを選択する機会を奪われ、正当な医療行為と認められるための有効な同意を欠いたまま手術Aを実施されたことにあります。このことによって、Xには多大な精神的苦痛を生じただろうと判断されました。